2017年10月28日土曜日

投資において「教条主義」は悪か?

【教条主義】:状況や現実を無視して、ある特定の原理・原則に固執する応用のきかない考え方や態度。(goo辞書より

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以前、著名米国株ブロガー同士の対決(?)で教条主義という言葉が出てきました。私はどちらのブログも参考にしていたので、どちらにも肩入れしませんが、教条主義という言葉は強く印象に残りました。



「逆説の日本史」からヒントを得る

今、「逆説の日本史6 中世神風編: 鎌倉仏教と元寇の謎」という本を見ています。


井沢元彦さんのこのシリーズが大好きでいつも読んでいますが、6巻では鎌倉新仏教について書かれています。仏教なので、ふと「教条主義」という言葉を思いだしました。





鎌倉新仏教は従来の仏教の解釈を巡っての出来事だったようです。



バリュー派シーゲル流?

私は投資において教条主義はおおいに歓迎すべきものだと思います。投資というのは一種の宗教のようなものかもしれず、バフェットの銘柄選択の考え方、シーゲル教授の配当再投資戦略、またはチャールズエリスやバートンマルキールのアクティブはパッシブに勝てない、といろいろな考え方があります。


宗教の宗派風に表現すると、バリュー教シーゲル派というような(笑)。


おそらくそれぞれの宗派のいい分はもっともで、理論的にも申し分ないです(バフェットの考え方は感覚的な部分が大きいですが)。シーゲル教授の配当再投資は過去の研究から裏付けされた実績がありますし、チャールズエリス・バートンマルキールのパッシブ投資はアクティブファンドと市場平均の実績を比べていて納得できます。


ですので、これらの宗派の教えは「おそらく」正しい可能性が高い。「おそらく」というのは絶対ではないという意味ですが、それでも投資初心者や個人投資家の考えることよりかは正しい可能性が高いと思います。


これらの教えのパフォーマンスに勝つ個人投資家もいるとは思いますが、それは短期間の結果に終わる可能性が高いです。そして運という要素にたよった結果です。



個人投資家にとって教条主義は悪くない

そう考えると、個人投資家においては教条主義をひたすら拝み倒すというのは悪くない行為だと思います。


仮に「ETFが史上最強なのだから、ひたすら市場平均に連動したETFを買い続けなさい」という教条があったとします。そして現実に株価の下落が起きるといった非常事態が起き、心中では資産の減少を恐れながら(または本当に買い続けて大丈夫かと疑念を抱きながら)、実際にETFを買い続ける行為は、まさしく教条主義といえる行為です。


そしてその結果は、おそらく悪くない結果になると思います。教条主義を破り、恐怖に怯えETFを買い続ける行為をやめる、もしくはETFを売り払うと、結果はどういう結果になるのか?


印象の問題で中身をみることが大切。

「教条主義」という言葉が過激なので悪い印象をうけますが、「教条主義」を「教えを守る」といいかえればそれほど悪いことでもないように思います。考え方の問題で投資に役立つことではないことかもしれませんが、ふと考えてしまいました。